大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和38年(う)208号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

<前略>

控訴趣意中法令の適用に誤があるとの主張について。

論旨に、被告人が本件鉄骨搬送作業現場の総括的責任者であるとしても、三輪自動車運行中の安全運転義務に運転者村上晴司固有の注意義務であるから、これを含めた総括的責任まで被告人が負わねばならぬ法理はない。しかるに、原判決は被告人に運転上の注意義務を認めているのであつて、右は注意義務に関する刑法二一一条の解釈を誤つた違法があるというのである。

よつて按ずるに、原判決は、被告人は鳶職であると同時に、原判示の作業現場において、いわゆる現場監督として他の鳶職等を指揮監督し、工事用資材の積荷揚卸、搬送等の作業の業務に従事していたこと、本件事故現場はやはり上り勾配の坂道であつて道路幅員が狭く、しかも進行方向右手から道の中央近くまで道路上に松の太枝が地上より約三米一五糎の高さに横に突出していて本件鉄骨を自動車で搬送するときはこれと衝突する危険が極めて大であつたこと、被告人は右松枝の状況を知つていたこと(原判決挙示の証拠によると、本件事故発生の二日前被告人は松の管理人に右松枝の切除方を要求したが拒絶された事実のあることが認められる)、右鉄骨は長さ五米余、重さ六〇〇瓩に近く特異の形状をしたものであつたこと等の事実を認定した上、被告人に対する業務上の注意義務として、本件事故現場の松枝の高さを検認するとともに本件鉄骨を貨物三輪自動車に積載したときの鉄骨の先端の高さを検認して、本件事故現場における安全通過の可能度を確かめ(又は他の鳶職をしてこれを確かめしめ)、かつこれに基づき現場において適宜の措置(一旦停車、荷直し、松枝の押上、極度の減速徐行、荷台に同乗している人夫の下車、又は誘導運転等)をなすべき明示の任務を与えられた責任ある見張監視人を現場或は自動車に配置して運転者の安全運転を監督補助せしめ、右松枝と積荷との接触衝突による事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があることを判示しているものと解されるところ右注意義務は、本件搬送物件が前記のように特異な形状をした重量長大物であつて、これを貨物三輪自動車に傾斜積の方法(この積載方法には原判決の判断しているように過失はない)によつて積載するとその先端が高さ地上より三米余に及んで前記松枝と衝突することが予想され、又マニラロープによる繋縛方法(この繋縛方法には原判決の判断しているように過失はない)によつて荷造すると衝突等の場合重量圧によりこれが切断して本件のような重大事故が発生することが予想されるが、一般の運転者や人夫等は右搬送物件の具有する危険性に対する認識不足から、慎重な行動に出ず、漫然としていて、不慮の災害をまねく虞があるので、鳶職でありかつ工事現場監督である被告人に対し、その業務の専門的立場から、自動車運転者が通常用いる注意義務とは別に、特別の注意義務があるとせらるべきものであつて、斯る注意義務は本来積荷の特性および特異の積載、繋縛方法に関連して生じるものであり、自動車運転者の注意義務と競合し得べきものと解されるから、運転者村上に運転者として安全運転をなすべき注意義務があつたからといつて、被告人の注意義務を否定することはできない。したがつて、原判決が被告人に対して前記のような注意義務を認めたのは正当であつて、所論のような違法はない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴三九六条一八一条一項本文により、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官木原繁季 裁判官加藤龍雄 越智伝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例